
KUDEN by TAKAHIRO SATOのグローバルアンバサダー・みさまるさんとデザイナーTakahiro Satoの対談の模様をお届けします。
何故アンバサダーをオファーし、何故引き受けたのか、KUDENについての思い、そして着物に関する互いの考えや撮影の思い出など、前後編に分け大ボリュームの内容でお届けします。
*このインタビューはオンラインシステムを利用して行われました。
*この記事は2020年10月に行われたインタビュー内容を元に編集されています。
*インタビューの内容は動画でもご覧いただけるよう、現在準備中です。
—本日はKUDEN by TAKAHIRO SATOデザイナーの佐藤貴浩さん、そしてブランドアンバサダーのみさまるさんにお越しいただきました。それでは、まず自己紹介をお願い致します。
[Takahiro Sato]
はじめましての方が多いと思いますが、Gerbera Design 株式会社という会社でデザインをやりつつ、新規事業でKUDEN by TAKAHIRO SATOというブランドをやっています、デザイナーの佐藤貴浩と申します。宜しくお願いします。
[みさまる]
みさまるです。宜しくお願いします。
—それはまず佐藤さんにお伺いします。みさまるさんをブランドアンバサダーにオファーした理由を教えてください。
[Takahiro Sato]
まず僕がみさまるさんを最初に知ったのはTwitterからです。
うちが結構去年の1月くらいから海外のキックスターターでSamurai Mode Jacket、アパレルの事業を始めてからずっと海外をメインにモデルさんもやってもらったり、戦略をとってました。
何故かっていうと着物の文化を無くさないようにしていくっていうのと、まずは縫製工場の仕事を増やしていきたいっていうこと。
息子が障害があって自閉症なんですけれども、
今彼は10歳なので「彼の将来働く場所を作りたい」って思って新規事業を考えた時に、日本はこれから人口が減っていて経済も少し下がって行く。僕は一度会社を潰してしまったので、経営者の立場で色々考えた上で
「じゃあ日本から海外に外貨を稼いで、日本の国内のアパレルや縫製工場にお仕事を作って増やして、そこに僕らが障害者雇用とかをしていきたい」って。
という夢がまずあったので、ほぼほぼ海外をメインにやってきました。
じゃあ何故今みさまるさんにアンバサダーをというと、実は一度去年頑張って海外に行って、世界中でご好評頂いて、今僕が語った「海外で着物の文化を広めて和裁も洋裁も縫製工場に仕事を増やす」という事に関して賞を頂きまして。
社会的なデザインという事で、今年になって香港のデザインアワード、それからイタリアの世界最大級のA'DESIGN AWARDのSocial Design Awardをとりまして、それを頂いて少し自信を持って。
「じゃあ、せっかくだからやはり日本の方にも着て頂きたいな」って思って、国内向けのシャツを新しくデザインしたっていうのがまずきっかけとしてあります。
実はもう国内でもKUDENの服を着てくださってて、凄く良いって言ってくださってる方もいるので、そういう人たちが欲しいって言ったパンツの改善と合わせて、今回のシャツを国内向けに考えてました。
僕はフォトグラファーでもあるので、その時にモデルのことを「どんなイメージで写真を撮りたいかな」って思った時に、みさまるさんのTwitter見て、あまりTwitterでは顔は出されてなかったんですけど、”守破離”っていう言葉が頭に思い浮かんだんです。
日本の伝統文化では守破離っていう言葉があって、守は守るということ、破裂とかの破と、離は離れる。
守というのはやはり伝統を守る。守るべきところは守る。破っていうは、ちょっと崩す。予定調和から崩していく。離っていうのは新しいことにチャレンジするみたいな言葉があって、その循環で文化って繋いでいくんだっていう凄い好きな言葉があります。多分着物を愛している方は皆聞いたことがある言葉だと思います。
みさまるさんが伝統的な着物もちゃんと着てるし、かと言って一転凄く可愛い現代風な全然型にはまらないコーディネートをしていたりと、凄い面白いなって前から見てました。着物をコーディネートしているアカウントは他にも沢山あるんですけれど、みさまるさんはバランス感覚が素晴らしいなって思ったんです。
さっき言った守破離のバランス。ちゃんとトラディショナルなことも勉強されているっていうのが、写真にもツイートにも凄く出てる。自分で着付けもできるしなんだったらトラディショナルな着物を自分で、ポケモンのやつとか、ちゃんと作っていたりとか。かと思えば全然普通にアパレルのものをくっつけたりする。
この柔軟さとかこのバランス感覚っていうのが凄くうちにマッチしているなって思って、だから見た目とか外見とかそういうことっていうことよりかどちらかというと「この人とKUDENのこと語りたい、着物のこと語りたい」「この人が、もしお話した時にKUDEN良いよねって認めてくれることがあるんであれば、トラディショナルと僕の洋服、着物ライクな洋服の架け橋のような存在になっていただけるんじゃないかな」って思って、よし、ちょっとドキドキするけど…という風にして、KUDENでは名物の熱い長文のメールを送るっていうのがきっかけになります。すみません長くなってしまって。
—ありがとうございます。それではみさまるさんにお聞きします。みさまるさんにとってKUDENは佐藤さんのメールが「はじめまして」だったようですが、アンバサダーとモデルを引き受けた理由をは何でしょう?
[みさまる]まず依頼のメールを頂いた時に、さっき佐藤さんが仰いましたけど、凄い熱烈で。
なんかその誠実なお人柄がメールの長文に現れてて、そこでまず凄い素敵なブランドさんだなって思ったんですね。
その次にメールに、先ほど佐藤さんが仰いましたA'DESIGN AWARDの受賞コメントが載っててそれを読んだ時に凄い感動して、自分たちが関わってる周囲の人たちに対する感謝の気持ちを凄い表現されてましたし、何より縫製工場さんに対する熱い気持ちとか、ファッション業界における高い意識っていうのが書かれてて「あ、このブランドは世界のファッション業界の最先端を率いていけるブランドだな」って、是非とも率いて頂きたいブランドだなってその時思ってお受けしました。
[Takahiro Sato]
うわー、頑張ります。
[みさまる]
頑張って欲しい。
—ありがとうございます。それでは早速お二人に着物について聞かせていただきたいと思います。お二人は普段どの位の頻度で着物を着ていますか?それは多い方だと思いますか?
[Takahiro Sato]
僕も本当に一般の日本人よりちょっと着てるくらいで、少ないですね。だからこのSamurai Mode Jacketを作ったっていう発想に行ったんです。
元々、大体男の子って七五三で着たりとか、最近はスーツになる子も多いかもしれませんけども。
僕がやっぱり一番印象的なのは着たいんだけどなかなか着付けられない、着付けができないっていうところで、あとは着て行くところがないっていうところ。それからあと最近40度とか近い夏の気温になるのでやっぱり
昔の日本と比べて気温が変わってしまったっていうのも勿論あります。
あとはやっぱり僕も経営者やって父親の介護してて障害ある息子を預かって子育てをしたりとかスタッフのまかない作ったりとかしてるんで、なかなか着付けをする時間がない。
勿論早い方だったらサッとできますし、そんなに着付けも拘らなくていいんだよっていうのもあるんですけど、やっぱり実測的に「今日はちょっと時間が取れないな」って事が多くてなかなか着たいなって思ってるんだけど着られないっていう日が多いっていうのが実感として凄くあります。
今こういう仕事を始めたので自分でスタッフと長着を着てみたりとかヴィンテージの羽織を着てみたりとか色々してるんで、普通の人よりかはちょっと着ているけれども、それでも月に1、2回長着を羽織れれば良いかなあっていう形になっちゃってますかね。今ちょうど季節的に寒くなってきたからこれから着たいなとは思っています。
[みさまる]
私は週3ぐらいですね、今は。
夏は、夏って最近40度とか38度とかの時があるじゃないですか。でも着物は着たいって思って意地で週4か週5くらい着てたんですけど、最近その意地が落ち着いてきて週3くらいになってます。
私は着る機会が多いと思います。
初めましての方に、着物の話になった時に着物どれくらい着るんですかって聞かれて大体週3ぐらいですって答えたら「え?!週3!?月3じゃなくって?!」って、ですね。だから多分多いんだろうなって思います。
[Takahiro Sato]
逆にみさまるさんって、着付けにどれくらい時間かかるんですか?
[みさまる]
最近もう殆ど正統派着てなくて。正統派だと15分とかなんですけど、和洋折衷だと10分かかるかな?っていうくらいです。
[Takahiro Sato]
正統派を15分で着るのは凄いですよね。
いやいや、早い方は本当に5分とかで着られるらしいんですけど、全然まだまだそんな域には達してない。
—それでは、お二人が着物に興味をもったきっかけを教えてください。
[みさまる]
まず着物を好きになったのが七五三さんがきっかけで、私四人兄弟の末っ子でファッションといえば姉たちのお下がりしか着てなかったんですね。七五三で着物を着せてもらった時に「めっちゃ可愛いこの服!」って思って、めっちゃテンション上がって、それから凄い着物が好きになったんですけど、小学校4年くらいか中学生とかになって呉服屋に行く機会があって、値段が見えて15万とか30万とか書いてて「あ、買えない」と思って。
私には高いから、着物って高級品なんだって思ってちょっと離れてたんですけど、大学生になって自分でバイトしてお小遣い稼げるようになって、更にネットショップなんかも普及して、着物って検索したらポリエステルの着物、洗える着物が3千円とか4千円で売ってて買うようになって、そこから着始めました。
和洋折衷をしだしたのは、着物って襦袢を下に着なきゃいけないっていう意識があると思うんですけど、着物の正統派フルセットを買うってなると結構お金かかるなって思って「あ、じゃあ襦袢をやめてタートルネックにしよう」って思って、そこがスタートですね。
だから私が着物を着始めたのは、もう初めから和洋折衷なんですね。正統派を始めたのはちょっと後になってからですね。
[Takahiro Sato]
正統派の着付けとかってのは何故興味を持ったんですか?あとどうやって習っていった、覚えていったんですか?
[みさまる]
正統派を着れる方が、着れないよりかは着れる方が良いだろうと思って、Youtubeを見て勉強しました。着付け教室とかは一切行ってないです。
[Takahiro Sato]
前ロケをした時にみさまるさんのおばあさまとかの影響が結構あるって言ってたんですけど、やはりそこらへんの影響っていうのは印象としてずっと残ってるんですか?
[みさまる]
私の祖母は父方の祖母の方が着付け師で、母方の祖母の方が踊りなんかをやってて着物に縁があったんですけど、そうですね、父方の祖母の方がかなり厳しい着付け師だったのでっていうのもあってやっぱりちょっと正統派も着れる方がいいなっていうのはあったかなと思います。
[Takahiro Sato]
おばあちゃんが一番チェックが厳しいかもしれませんね。
[みさまる]
ああめっちゃ厳しいです。
[Takahiro Sato]
さっき言った守破離だから、守の人がいてみさまるさんみたいな破と離の人がいてっていうのがやっぱり着物の面白味であって、僕なんて完全に離だもんね。
—では佐藤さんのきっかけは何ですか?
[Takahiro Sato]
やっぱりうちの母親が凄く着物が好きで、踊ったりとか、自分で和裁も洋裁もできる人だったので、着物もやっぱり大事に取ってあって。
母の遺品を整理している時に沢山の綺麗な着物、沢山じゃないかな、うちはあんまりお金持ちの出ではないので母が仕立てて、直して大切に使ってた着物、一張羅は母が亡くなった時に被棺に入れてあげて一緒に弔ったくらい母も好きだったんで、それ見て僕のちっちゃい頃の七五三の着物だったり、父親が着た着物みたいな物が大切に取ってあったのを見た時に「着たいな」って思ったんだけど、「着れない、どうしよう」…って。
—その経験からNext Kimono、Samurai Mode Seriesが生まれたんですね。後先となりましたが、そのNext KimonoやKUDENというブランドについて紹介していただけますか?
[Takahiro Sato]
先程自己紹介とかみさまるさんにアンバサダーをオファーしたきっかけでKUDENの成り立ちや、やっていきたいことをチラッとお話したんですけれども、海外に向けて着物の文化を増やしていきたいっていうものの意図としては、やっぱり僕も色々勉強して、
今までデザインの仕事、ゲームとかエンターテイメント系の仕事をやってきたんですけど、学歴コンプレックスがあってなかなかデザインの勉強もできず19歳から外で働かなきゃならなかったので独学でずっとデザインはやってきています。デザイナーとしても、43歳からデザイナーと名乗りました。
去年キックスターターとか海外のお客様に凄く助けて頂いて、あとは潰れてしまった、うちのKUDENを知ってる方だったらご存知のMarronさんっていう縫製工場さんが潰れてしまって、未だにそこのおばちゃんや職人さん、社長さんとかが僕らを助けてくださっているっていうのがあります。
それで、そういう勉強とか色んな人に助けてもらっている中で、どういう風にブランドを、事業をしていくかって考えていった上で、やっぱり着物の文化を広めるためにっていうのは、
さっきちょっとお話したように、日本はもう今人口が少子化で減っていっています。
着物も、うちもヴィンテージの羽織とも、捨てるのがもったいないので古物商を取って買い付けをして海外の人にも送っています。うちの洋服とヴィンテージの羽織を組み合わせるってことを推奨させて頂いてるんですけれども、やっぱりどうしても海外でテストマーケをしてお客さんからヒアリングをすると、着付けっていうハードルが日本人以上に高い。例えば僕が今着ているSamurai Mode Shirtって(ボタンの代わりに)紐で縛って着るシャツなんですけれど、これですら海外の方は「着方がわからない。」ってに言われてます。
今まで僕も着物のデザインとかブランドとか色んな先人の、頑張ってらっしゃる呉服屋さんとか色んな勉強をさせて頂いて、織物屋さんが今までにないデザインの柄を作って着物を仕立てていって海外に出るとか、着物デザイナーさんがいらっしゃったりっていう風にして、色々チャレンジをしているんだけれどなかなか着物の文化の衰退が止まらないっていう現状があります。
じゃあ多分アプローチの仕方がそれだけでは足らないんだろうなって経営者として去年一昨年と考えた時に、やっぱりテストマーケをしてみて思ったことは着付けというハードルをどう通すか。
じゃあ着付けを今オンラインでYoutubeで教えていけばいいんだっていうところまで広めるのってやっぱり凄くハードルが高くなってしまう。
やっぱり着付けって時間もかかるし服も手に入れなきゃいけない、着付けを習わなきゃいけない、それから日本人の若い人でもなかなか今やらないのに海外に広めて行くっていうのは難しいので2段階で着物文化を助けるというか僕も貢献できる方法を考えた結果、1回で何か上手くまとめるデザインって出来ないなって考えたんです。
まず、Samurai Mode JacketとKUDENは日本の伝統文化を海外の人が気軽に楽しんで頂いて、これを着た人が「これ良いわ、なんか凄く着物って素敵」って思った時に着物に興味を持っていただく。
興味を持っていただくファンクションがこのSamurai Mode Jacketで、これを着たらうちのヴィンテージのトラディショナルな長着とか羽織に興味を持ってもらう。
いずれ僕は着物もデザインしたいと思っているんですね。あくまでもSamurai Mode Jacketで着付けいらずの、KIMONO LIKEな洋服で日本文化と着物の文化を毎日、ハレの日だけじゃなくて毎日取り入れていただく。慣れ親しんでいただく。
これが入門用、登竜門みたいな物のデザインとして、これで興味を持った人は徐々に伝統的なトラディショナルな物に興味をもっていって、そこで購入していただいたり着付けを覚えていただくっていう風なステップを踏んでいくためのブランドとしてKUDENは位置付けていて、Samurai Mode Series、Next Kimonoは、着物に取って代わるのではなくて着物にいくための登竜門、入門編としての洋服。
なのでキャッチコピーで”着物を愛する人のための洋服”っていう風に言っています。
これでブランディングとデザインっていうものを考えついて、それを評価いただいたのがA'DESIGN AWARDっていうことになります。
要はもっと経営的な観点からざっくり言うと「着物を好きだ、欲しい」って思っている人を増やさないことには市場がなくなるのを止められません。
国内だけでそれを作ろうと思うと人口が少ないです。
じゃあ海外の人に日本文化、今はもう鬼滅の刃とか漫画とかも含めて海外から日本文化好きだっていう人がいるにも関わらず着物が止まっているっていうのは、やはり着付けとか値段が高いっていう事がどうしてもネックになってしまう。
なのでこういう着物ライクな洋服から入って頂いて、そうすると、これ和裁じゃなくて洋裁で作ってるんですけど洋裁の縫製工場さんのお仕事も海外で作りつつ、これをきっかけに着物の伝統の方に興味をもってもらえれば和裁のお仕事も増えていく。
海外に日本文化好きな着物好きの愛好家を海外に広めていく。そのための機能を持ったデザインの服がこのSamurai Mode Seriesっていう位置付けでデザインをしています。
すみませんまたちょっと長くなっちゃったんですけど。
—みさまるさんはKUDENのブランドや服についてどう思いますか?
[みさまる]
もうめっちゃ着てて楽なんですよね。
着物って、男性は腰に帯をするから骨盤が安定すると思うんですけど、女性は帯の位置が高くて肋を、悪く言ったら締め付けるし良く言ったら安定させると思うんですけど、私はちょっとたまに苦しいなって思う時があって、でもそのKUDENのKIMONO LIKEな洋服を着ているともうすっごい楽ってなって。
とにかく楽だしあと肌触りがめっちゃ良いんですよ。
—ありがとうございます。それでは今回の新商品Juban Shirt についてお話を聞かせてください。
佐藤さん、このシャツのコンセプトやデザインのきっかけについて教えていただけますか?
[Takahiro Sato]
着物の楽しみの醍醐味の一つとしては、着物ってワンデザインなんですよね。一つの反物から、このT字の着物なのに柄を変えたり生地を変えたりするとTPOとか雰囲気が変わったりとか。あとはそのワンデザインの内に襦袢をみせたりとか、それかれそれに半襟をつけたりとか、あとは僕もうちのjacketにスタッフが作ってくれたマグネットの羽織紐を付けたりとか、あとは羽織を着こなしたり、足袋の色を合わせたり…色々組み合わせによってその人なりのファッション、スタイルっていう物を編み出せるって言うのが凄く着物の良さ、懐の広さだと思ってて、デザイナーから見ても着物ってワンデザインで素晴らしいなって凄く感化されたところなんですね。
うちはやっぱりこのNext Kimono、登竜門としての着物なのであれば、そういう楽しみを洋服に取り入れていきたいなっていう風に凄く思ってて、今回のこの1番最初のシャツっていうのはどっちかっていうと僕はモードが好きなんでパキッと、凛として「今から自分なりの戦いにでるぞ」っていう意志を出したかったんで、そこを拘って作ったんですね。
実はこれもシルエットが今綺麗になったバージョン2を今準備してて、これも好きなんですけど、やっぱりその遊び心の部分っていうところをどうしてもSamurai Mode Seriesで出したくて、「やっぱり半襟付けたいよね」ってっていうのが出てきて。
うちの事業で悩んでたのが、ヴィンテージの羽織とかも販売してるんですけど、汚れとかの検品を僕らするんですね。クリーニングして匂いをとったりとかして綺麗なものをお客様のところにお届けするように、そういう作業もしてるですけれど、どうしても明るい着物とか綺麗な着物って色が薄いので汚れが取れないんですよ。
汗染みとか血のシミとか。「これ可愛いのに流石に売れないよね」っていうのを捨てなきゃならなかったんですね。
それももったいないって思ってたんで、半襟だったらそんなに大して生地を使わないんで捨ててしまうのを、ヴィンテージで売ろうと思ってもどうしても汚れが強くて廃棄しなきゃならないものもなるべく廃棄したくない。その使える生地の、ヴィンテージの可愛いところを半襟にしてシャツにつけられたら、カスタマイズ出来て楽しいし、ヴィンテージの着物も最後まで大事に使えることになるんじゃないかっていう着想で今Juban Shirtっていうものを考えました。
それで、さっきちょっとみさまるさんが着物のところでいってた襦袢って下着っていうイメージがあるんですけれど、西洋でもシャツって実は下着じゃないですか。
襦袢が今度表に出てきても全然問題ないんじゃないかなって思ったんで、あえてJuban Shirtって。ドキドキしながらつけたんですけど。Juban Shirtだけでもそのままお出かけができる。
なんだったら暑ければ羽織とかなくてもJuban Shirtとスカートだけでも着物ライクなシルエットで、和っぽい感じの佇まいで、例えばここヴィンテージで付け替えてっていうようなことができるスタイルにしたいなっていうのが1点と、あとはやっぱりカスタマイズ性ですね、着物の。
例えばSamurai Modeで、今日はこのオレンジの襟をつけてみたりとか、クールに決めてみたいからブルーのもの、レース柄みたいなので、自分なりのスタイルを作って楽しんでもらいたいっていう願いがこもっています。
—みさまるさんは実際にJuban Shirtを着てみてどう感じましたか?
[Takahiro Sato]
今の所、みさまるさんが一番僕の服を着てますからね。
[みさまる]
やったー!着物でその半襟が出てる部分ってめちゃくちゃ小さいと思うんですけど、そこを変えるだけで印象一気に変わるじゃないですか。
遊べるのが凄い楽しいんですよね。それがJuban Shirtでも楽しめるっていうのが凄くいいなって思います。
[Takahiro Sato]
今みさまるさんが遊べるって言ってくれて凄く嬉しくて、うちの服って縫製工場を守るために、コレクションやらないんですよ。季節ごとのコレクションをやるとそれが慣習化しちゃって短納期とか低工賃で縫製工場を圧迫してしまうので、うちはコレクションを廃止しています。
なので着物って凄くぴったりなんですよ。ワンデザインなんで。だから流行りすたりがない。
そのかわり、やっぱり季節に合わせて色だったりとか半襟だったりとか。例えばジャケットの裏地を変えたりっていうことでうちは遊んでもらえる。
洋服ってやっぱり既製品一回買ったら組み合わせやコーディネートで楽しむことはできるけど、服自体を遊ぶことはなかなか難しいんですけど、その着物の良いところを洋服に取り入れたっていう、凄く頑張って入れてみたので「遊ぶ」って言葉を使ってもらって凄く嬉しいです。遊んでもらいたいです。
あと、ジャケットとパンツとかシャツフルセットを着た時に、僕のイメージとしては着付けがいらないんだけど、こう肋で締めるには理由があるじゃないですか。シルエットが綺麗になるとか。なるべくそれを洋裁のパターンで再現したいってチャレンジを実はしてるんですけど着てみてどうですかね、シルエットの感じ。着心地以外のここ気になるなとかだらしなくなっちゃうなとかありませんでした?
[みさまる]
シャツの後ろがコルセットみたいになっててちょっと縛ってあるんですよね。
そう、だから正面から見た時のシルエットがこうなるんですよ。
ウェストが一番綺麗に見えるラインになって、横からみたら後ろがこう、絶対見ないとちょっと伝わらないと思うんですけど、こうなっててめっちゃ綺麗なんですよ。正面から見ても横から見ても。
[Takahiro Sato]
それは帯を、帯ベルトみたいなのも出そうとは思ってるんですけど、でも着物を上手い着付けの人がカチって着付けてくれた時のラインってのが出るようには凄く考えて。
やっぱりここが抜きと、このくびれのところのラインと、あとここの凛とした意志の強さ的なもの。ここがだらしなくちゃ嫌だなって、ここはもうピッとしてて、このくびれのラインって言うのが本当に着付けの上手い方がカチッときた時の着物のラインが出るように凄く拘ったところだったんでそこを感じて頂いて凄く嬉しいです。
[みさまる]
あとなんかやっぱり、袖がひらひらしているのは私着物の凄い好きなところなんですけど、逆に言うとちょっと手、洗い辛いとかあるじゃないですか。
シャツはやっぱもうシュッとしてるんでめっちゃ手洗い易いし色々作業しやすくて良いなと思いました。
[Takahiro Sato]
あとはジャケットと合わせたりビンテージと合わせたりした時に、ここに出る量を調節したかったんで剣ボロつけて、自分でこう、見せない方が良い人と見せたい人みたいな、ちょっとね、拘ったりとかしてみたんです。
[みさまる]
そう、あとこうボタンついててこう捲ったら調節できるって言う。
[Takahiro Sato]
やっぱり夏とかにも着てもらいたいんで、夏はやっぱりあげて頂いてね、着るのがいいかなあなんて。
—ありがとうございます。ではそのJuban ShirtとNext Kimonoの撮影について聞かせてください。今回は2日間での撮影となりましたが、その中で一番楽しかったことは何ですか?
[Takahiro Sato]
みさまるさんとお会いしたのは本当に二日間だし、初めてお会いする、打ち合わせではテレビ会議させてもらっていましたけど、生みさまるさんにお会いするのは初めてだったので、想像した以上に凄く可愛らしい方で凄く嬉しかったし、あといつも笑顔を絶やさず現場を盛り上げてくださって凄く楽しい現場でした。
あと今日はインタビューにはいらっしゃらないですけど新井さんっていう監督、
僕はかんばらけんたさんのReActから2回目のコラボレーションなんですけどめっちゃ集中してもう凄く熱意持ってやってくださって、とても大変だったんですけれど、熱い現場だったなって思ってます。
—みさまるさんはいかがでしょう?
[みさまる]
一番…もうずっと楽しかったです。
[Takahiro Sato]
ありがたいです。すげー大変だったのに、良い子だぁ。
[みさまる]
いやいやいやいや、ずっと楽しかったですね、本当に。
[Takahiro Sato]
結構ロケ地も印象的なところが多かったですもんね。
[みさまる]
そうですね。すっごい綺麗なところで撮影させて、なんか関西圏であんな綺麗な所なのに人が全然いないのが不思議だなって思いました。
[Takahiro Sato]
今回は大阪、京都、奈良、3県に跨って撮影でしたもんね。
写真を見せたいんですけど、まだ撮って出しだから。
みさまるさんが言ってるように凄い幻想的で素敵でしたよね。
[みさまる]
でも本当、皆さんのおかげで素晴らしい写真になりました。
—では、一番大変だったことは?
[Takahiro Sato]
今回の撮影を、僕の方で服を考えた時に決めてたテーマが、Pride&Brideっていう形でちょっと結婚式っぽい衣装をイメージしました。
それは僕の挑戦で、Samurai Mode Seriesを今回本当にハレの日の頂点である結婚式でも着てもらえるようなデザインにしたいなあと思ってJuban Shirtをカスタマイズしてレースと、袖だったりとか半襟と丸襟みたいに組み合わせた時のイメージを持ってました。
結婚式と言うよりも自分の人生とかやりたいこととか信念とかっていうものに準ずるって言うようなイメージで、白い衣装と黒い衣装をテーマにして新井監督と話をしながら今回撮影をさせて頂いて、それがバッチリみさまるさんのコーディネート、実は今回の衣装のレースとか選んで頂いてね、そのチョイスもまた凄く絶妙で凄い可愛いけれども凛とした、僕が最初に描いたテーマをみさまるさんが体現してくれて、それをイメージしたものが目の前に作り上がっている状態っていうのが凄く楽しかったし、四日間僕は運転も、日光からコロナ禍だったんでみさまるさんと新井さんをコロナにかけちゃいけないと思って公共機関の電車を使わずに機材を持って10時間以上運転していって、そっちが大変だったかなって思います。
誰も怪我もなく無事に素晴らしい写真が撮れたので、僕はそこがちょっと、皆さんの安心とか安全っていうのを守るためにグーって集中していたのがちょっと大変だったかなと。でもよかった、って今ほっとしてます。
—運転、本当にお疲れ様でした。みさまるさんはどうですか?
[みさまる]
私が大変だなって思ったことは一つもないです。
[Takahiro Sato]
表情とかポージングとかで何か悩んだりしませんでした?
新井さんもバンバン「もうちょっと!もうちょっと!」って言ってたから。
[みさまる]
いや、うーん、なんて言うんだろう、考えるのが凄く楽しいんですよね。
考えている時間が凄く勉強させて頂いている時間だなって思うので、うーん、”楽しい”しかなかった。
[Takahiro Sato]
モデルみさまるの真骨頂だなって見てて思ったのが、表情が凄くコロコロ変わる、その瞬発力が凄くて、僕はデザイナーとアートディレクターとして今回入ってますけど、パッパッて切り替えてくださるところがやっぱり流石だなって思いましたね。
[みさまる]
皆さんが私の見えないところで本当にコツコツ準備を重ねて下さってたことが、佐藤さんさっきも仰いましたけど、運転もう凄い本当に大変だったと思うんですよ。
皆さんが努力してくださったからこそ私が二日間もうずっと楽しかったなって思います。本当にもう感謝してます。
[Takahiro Sato]
今スタッフもめっちゃ泣いてる、ありがてぇ~って。
[みさまる]
本当にありがとうございます。
[Takahiro Sato]
なんかでも、かんばらさんもそうですけど、撮影ってやったばっかりだと凄い疲れるし大変で消耗するから「もういいかな」って思うんですけど、1ヶ月ぐらいするともう1回撮りたいなって思うんですよね。なんか、完全燃焼みたいな。
[みさまる]
なんか良い作品が撮れるとそう思いますよね。
[Takahiro Sato]
僕は43歳からデザイナーって名乗ったんで、もう古株じゃないですか。僕が本当にデザイナーとして一線張れるのは40代だけで、あと数年かなって。
やっぱり感性と経験値のバランスがあって、だから今回とか、勿論かんばらさんもそうですけど若い方とコラボレーションさせて頂いて、僕のブランドと服を若い人がいいようにおもちゃにして頂いて、なんか僕が考えてる上で違った方向を引き出してもらえるっていうのの、現場に立ち会えるっていうのが凄く僕としては楽しい嬉しい。
だから運転手も実は超楽しいし、ADも、よくこうやってね、ライトも持ちますしね。
[みさまる]
あれ重いだろうなーって思って。
[Takahiro Sato]
うちのスタッフも筋肉痛でした。
[みさまる]
やっぱりそうだったんですね。うわぁ~。
[Takahiro Sato]
でも何か皆で全身全霊で持てるポテンシャル出しあって刺激し合って引き出しを広げていくっていうチームでの仕事が、今回もやっぱり凄く楽しかったので「みさまるさん初めましてなのにすみませんね」って。
[みさまる]
なんか初めましてな感じがしなかったんですよね。
[Takahiro Sato]
そんな写真も色々と、ページとかにね載せていってドンと、まあ今回あとで話が出ると思うんですけどAVESSA magazineっていう海外の雑誌にみさまるさんの写真を使って頂いているので、また楽しみだよね。すみません、本当にありがとうございました、忙しい中。
[みさまる]
ありがとうございました。
—では、印象に残ったことは何ですか?
[みさまる]
今質問してくださった世奈さんが、撮影の時に衣装で私ベールを被ってたんですけど、あの、投げてもらって。
[Takahiro Sato]
それ、筋肉痛の原因です。
[みさまる]
そうなんですか〜。あの、投げて、ベールが美しく舞ってる感じをするために、こう、ベールをポーンって何回もしてくださってたんですね。
その努力って言うか、どんどん達人級になってらっしゃってて、それが印象的でした。
[Takahiro Sato]
うちの社内ではもうベール職人って言われてます。
[みさまる]
そう、ベール職人ですねあれは。
[Takahiro Sato]
綺麗な現場の裏舞台っていうのはそういうモンですよね。
—ありがとうございます(笑)それでは佐藤さんはいかがでしょう?
[Takahiro Sato]
今ちょっとばーっと話しちゃったからあれですけど、僕今回は場所もロケ地も凄くよかったしモデルさんも監督さんも凄くよかったし、勿論うちのスタッフたちも凄く頑張ってやってきたし、あとは何はともあれ衣装を作った旧マロンの渡辺さん、小暮さん、山本さん、駒場さんっていう縫製歴50年以上のおばちゃんたちがみさまるさんの衣装を作るのにガーっとやってくれて、その、なんだろ、全部ですね。
衣装みたいに今回作ったのも初めて。シャツに衣装をつけるようにしたのも初めてだし、作ってくださった人も、みさまるさんもそうだし、全てにおいて凄く印象的だったかなって思ってます。
これが本当に女性とか、
ユニセックスなんで男性でも着れるように、僕も着るんですけど、いろんな人に遊んでもらえて知ってもらえるきっかけになったら凄く嬉しいなって。
—みさまるさんは今回様々なコーディネートで撮影していただきましたよね。その中でも、お二人にとってお気に入りのコーデはどれですか?
[Takahiro Sato]
僕はみさまるさんの衣装を作ってくださった、Pride&Brideの白と黒のフルセットコーデが凄く「海外で結婚式あげる人とかこういうのいいじゃん」って本当に思ったし、あとはもう再確認。
みさまるさんが奈良のお寺の城下町のところで夜、黒のセットに白のシャツ、所謂うちの”THE Samurai Mode Series”っていう3点セットを着てくれたんですけど、改めてかっこいいなって思って。
まあシャツが今僕が着ているものより襟のところがもう少し着物っぽくなるので、更にMODEと着物が合わさったJapanese Modernみたいな雰囲気が凄く出てて、女性に向けた言葉では失礼なんですけど、「うわ、かっこいいなぁみさまる!」って思ったのが印象的ですね。
[みさまる]
私も佐藤さんと被るんですけど、Pride&Brideの白と黒の衣装がやっぱり、縫製工場の皆さんが作ってくださったフリフリがもうめっちゃ可愛いんですよね。あれ欲しいんですけど。
それぐらい本当に可愛くて。
[Takahiro Sato]
ちょっと商品化しようかなってちょっと思ってます。
[みさまる]
めっちゃいいと思います。本当にいいと思います。
[Takahiro Sato]
作りましょう。
[みさまる]
めっちゃいいと思います。で、さっき佐藤さんがおっしゃった白と黒の、THE KUDENって感じのコーディネートがすっごいかっこいいんですよね。
本当に、THE MODEって感じで。あれはお気に入りです。
[Takahiro Sato]
なかなか着物でMODEやってるところって少ないんで面白いとは思うんですよね。服としても。
—それでは、今回その衣装の縫製を担当した皆さんについて教えてください。
[Takahiro Sato]
今回は縫製、衣装の件、シャツのサンプル縫製とかは福島の三恵クレアさんだったりとか、ガレージインダストリーさん、パターンやってくださったところに担って頂いて、みさまるさんが選んだレースなどの小物っていうのは、去年倒産してしまったマロンさんの職人さんたちが、お茶飲みながら茶菓子持って集まりながら、皆でああじゃないこうじゃないって言いながら縫って、縫製仕様を僕の方で「これがいいんじゃないですか」みたいな形で作りました。
そのおばちゃんたちもKUDENの仕事は本当に去年からの、縫製工場が去年1月にお願いして5月に潰れちゃったからたった4ヶ月くらいのお付き合いだったんですけれど、撮影で海外に向けて施設紹介をさせて頂いたりとか、あとjacket。
これ僕が着ているjacketもそうなんですけど、ちゃんと作ってくださっている方の名前も入れてるんですね。マロンさんってことで。
うちはロットによって作ってくれた縫製工場さんの名前を入れるっていうブランドのポリシーなんで、これも実は同業からは凄く嫌がられるんですね。
良い縫製工場さん、アパレル業界とか商社のところって教えたくないんです担当者は。自分が振りたい時に埋まっちゃうから。
でも僕はいいと思ってるんです。だからコレクションをやめたんですよ。要は、仕事がいっぱいにならないと食べられないんですよ。縫製工場さんも。僕も会社潰してるんで。自分の仕事を受けてもらえなくなっちゃうんで工場さんの仕事が減ってでも言わないっていうのは僕は凄く嫌だなって思って、僕は縫製工場さんの名前も言います。腕がいいですって言います。
うちの仕事がなかなか入らないようであれば、それはそういうことができるような事業をするためにうちはコレクションはしません、申し訳ないんですけどセールもできません。っていうことで納得したお客さんと商売できればいいかなって思ってるので、そういうことを知ったからこそ今も、会社がなくなっても集まってくださって。
僕ら、Samurai Mode Seriesが初めての服なんです。そんな本当に経験が浅い僕をブレーンとして支えてくださっているのがマロンの、職人歴50年以上の、僕が生まれる前から職人をやってるおばちゃんたちがガッツリ僕の後ろにいてくださるので、僕は本当に幸せ者だなって思います。
—では、縫製を担当してくださった皆さんにメッセージをお願いします。
[Takahiro Sato]
僕はもうKUDENを海外で売って縫製工場や和裁の仕事や着物の文化を残すために一生懸命頑張って、経営者として稼いで、是非マロンさんのチームを再雇用したいなって思ってます。
できるかどうかはわからないし、いつになるかもわからないんですけれど、特にアパレルブランドで縫製部門を持つなんて笑われます。利益率が悪いので。
自分のところでね、縫製職人さんを雇い直していきたいなっていう志があるので、待っててくださいって言いたんですけど皆さん高齢なので急がなきゃって思ってます。
いずれそしたらそこにうちの息子とかが仕事としてできたら素敵なことだなって思ってるんで。僕が言ってることは絵に描いた餅で青臭いかもしれないんですけれど、それが僕の仕事だと思うんです。綺麗事をいいながら後ろで泥臭くやるのが僕の仕事だしKUDENっていうブランドだと思うのでおばちゃんたち待ってろよっていうのがメッセージですかね。
[みさまる]
凄く素敵な服を作ってくださって、あと撮影に必要なものとかも作ってくださってありがとうございます。
早くお会いしたいです。
[Takahiro Sato]
おばちゃんたちも言ってました。孫に会うような気分だもんね。
—ありがとうございます。今回撮影した写真が最初に発表されたのはアメリカのファッション誌「AVESSA」ですが、それを見たときの感想を教えてください。
[みさまる]
データ、いただくじゃないですか。1、あ〜。2、えぇ〜〜〜!?
[Takahiro Sato]
かなりフューチャーして頂いてましたもんね。
[みさまる]
2ページ目に見開きっていうんですかあれは。そのバーンッて載ってて「うわぁ」「いいのかぁ」みたいな感じでした。
[Takahiro Sato]
DKNYとか結構大きいブランドとかも出してる中で2ページ目にみさまるさんデーンって。
[みさまる]
そう、本当にデーンって。で、ページをめくり、KUDENが何ページ載ってましたっけ?ありえないですよね、雑誌で18ページ載るって。
[Takahiro Sato]
最初僕が編集長のフラビオとエリカっていうライターにインタビューを受けたんですよ。インタビューがそのまま載るのかなって思ったらエリカっていう日本人で、ハーフだよね、その子が凄く着物のことも、エシカル凄く好きなライターさんで、凄く書き込んでくださってて、びっくりしたよね。半襟のこととかそこら辺も英語でちゃんと紹介してくださってて。
—その辺りのきっかけなども教えて頂けますか?
[Takahiro Sato]
そうですね、本当にびっくりしました。
お声がかったのが1ヶ月前くらいだったので、フラビオがCEOでフォトグラファーもやって、マガジンの責任者でもあるんで、彼は日本とブラジルにルーツを持っていて、Instagramで僕がフォロー/フォロワーっていう関係である日DMが来て「お前ファッションブランドやってるんだって?」って。いや、やってんだけどね、みたいな。
それでやりとりが始まって、彼らも去年からベンチャーで、始めたんばっかりのメディアで、お互いまだまだ小さいけれど頑張ってやっていこうぜって色々やらせてもらったりとか。
もちろんお互いコントリビュートしながらしてるんですけど、AVESSAは他のブランドの写真も僕結構好きで、他のブランドのことも相当愛あってフラビオとかメンバーが「ファッション好きなんだなあ」って。凄く愛がある雑誌なんで、紙でも買えるんですけど僕もまだ、今は郵便局が海外のやつはEMSとかも結構止まったりとかしてるんでなかなか難しいんですけど、是非日本の人にも読んでもらいたい雑誌ですね。
—KUDENは冒頭に話していただいたA’Design Awardの受賞をはじめ、KUDENはすでに海外で活躍していますけれど、海外に発信することの意味を教えてください。
[Takahiro Sato]
前半でもちょっと話したように、僕自身が1回会社を潰してる経営者です。
僕は、成功体験っていうのは人それぞれだと思うんですけど、失敗は法則性があるなって思っていて、今回2回目にこのGerbera Design株式会社を立ち上げてKUDENっていう事業をやることによって、僕はアパレルにしても後発だし、着物文化を何とかしようって色々活動されてる先人の方、今頑張ってらっしゃる方から見ても後発なので、やっぱり同じことをしていても差別化もできないし、あとは突き抜けていけないなって思って、やはり海外からやっていきたいっていう所がありました。
何故海外かっていうと、日本の人口がっていうお話をさっきからしているように、経営者として社会を見てきていて、どうしてもやっぱり今後は人口が減っていく日本で広げようと思っても限界がある。KUDENって実は一番最初プロダクトは木工なんですね。組子のラップトップボードって結構話題にはなったんですけどめっちゃ高かったんでファンディング失敗したんですけれども、最初は家具を凄くやりたかった。僕、家具のデザインもするんですけど、家具だと物が大きいので配送料が凄くかかってしまうのでまずはじゃあアパレルから入ってるっていうのもある。
KUDENを最初に始める時に、4年前、3年前かな?環境省のプログラムに選ばれて、森林の伐採の社会問題の視察でフィリピンに行ったんですね。
その時にフィリピンの人たちと触れ合ってホームステイとかもしたんですね。電気はきてインターネットはあるんだけど水道はない。そういう不思議なところで村長と「何で水道ないのに先にインターネット引いたの?」って話で、やっぱり子供の教育のため。
誰か村から警察官とかITとかが出てくれば村が救えるからって、村長さんの思いとか聞いたりとかしながら感じたことがあったんですね、事業を考える前に。
彼ら、フィリピンも人口が1億人を超えたんですよ。平均年齢が23歳。町を見てもおばあちゃんやおじいちゃんがいないんですよ。皆、子供と若い人。
やっぱり過去の日本も人口1億人いって、そういう活気に溢れて、人口ボーナスがあった時の、その時に合わせた仕事のやり方、事業のやり方は今後はできないんだろうなって色々経営者に思うことがあって、これから僕の息子も10歳で、何年かしたら働いて、一緒にこれから食べさせていく、着物の文化、日本の文化の問題、社会の問題を解決するデザイナー、経営者として考えていく上でやっぱり外貨を稼いでいくって事をしていかないと、なかなか綺麗事だけではいけないかなって思っています。
やっぱり、僕の友人に台湾でゲームを作ってる友人とかもいるんですけど、台湾の方なんかはそもそも自国の人口が少ないので経営とか事業を考える段階で海外展開から入っていくっていうのを友人からも聞いてたので、僕は2回目のチャレンジとしては、KUDENは海外から外貨を稼いで日本の産業を支える、日本の雇用を支える、日本の障害者雇用を支えるっていう思いで、、騙されちゃったりとかしてなかなか大変なんですけど。言葉がわからないので。ですけど、ちょっとずつちょっとずつ匍匐前進で今頑張っているっていうのが海外に行った理由です。
[みさまる]
佐藤さんほど立派な志とかないんですけど、とりあえず着物は楽しいよっていうのを国内だけじゃなくて海外にも発信したいなって思っていて。
大切ですよそういうの。楽しくないと続かないですもんね。
[みさまる]
国内でもそうなんですけど、着物=敷居が高いとか堅苦しいとかっていう意識を取っ払いたくてずっとTwitterやってるので、そういうのを海外に向けても発信していけたらなっていうのは思ってます。
[Takahiro Sato]
今みさまるさんが凄くいいこと言ってくれたなって思ってて、うちKUDENの事業の他にGerbera Designでデザインコンサルタント部門があって福島の酒蔵の開当男山さんっていう所のビデオとかも昔撮ったりとかしたんですけど、蔵元が昔言ったんですよ。
「佐藤くん、あの夏子の酒とか酒蔵が苦労して頑張る漫画って俺あんまり好きじゃないんだ。
何で酒のやつをこんなにやってるのか、頑張ってるのかっていうと楽しいからなんだよ。
美味しいお酒ができて美味しいって飲んでもらうのがただただ楽しいからどんな苦労でも一生懸命やる。苦労話みたいな感じであんまり僕は撮られたくないんだ。」と。
ビデオを作る時に言われたのが凄く印象的で、楽しいからやってるんだっていうのをどうか出してほしいって。
みさまるさんの着物もそうだし、楽しくないと続かない。楽しいから夢中になれるし、楽しいから人に伝えたくなるし、やっぱり着物の醍醐味だったりとかすると思うので、だから僕は今聞いてやっぱりみさまるさんにアンバサダーとかモデルお願いして良かったな、僕がやりたいことをわかってくれてるなって、とっても嬉しかったです。
この服着てて楽しいですもんやっぱり。次どんなことしようかなとかどうやって喜ばせようかなと思って服作ってるから。僕はもうおじさんなんで役割もやらないといけないんで。息子を放っておくわけにはいかないんで頑張りますって感じで。楽しくやりたいです、僕も。
… 後編へ
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