20年間、私はパリの高級百貨店でChristian Diorのアクセサリー部門を担当していた。
ガラスケースの中でスポットライトを浴びる新作ジュエリー。VIP専用サロンの、声をひそめた取引。そこには世界中のデザイナーやモデル、映画監督やアーティストが訪れ、誰もが羨む「夢の舞台」があった
…でも、ある日ふと、心の奥に小さな声が響いた。
「このままで終わっていいの?」
私はもともと東京で美術教師をしていた。 生徒は学習障害や精神的な困難を抱えた子どもたち。日々が試行錯誤の連続で、正解なんて一つもない。それでも教室の空気が笑顔で満たされる瞬間が、何よりの報酬だった。 その生活は、日本在住のフランス人との結婚と離婚で一変。妊娠中にシングルマザーとなり、経済的にも精神的にも、崖っぷち。
日本では制度的なサポートもほとんどなく、お腹の中の命を守るため、私は実家のある新潟・三条に戻ることを決意した。
そしてゼロから始めたのが、子ども服のセレクトショップ「Poupons」。
妊娠中の自分を雇う会社なんてないなら、自分で作るしかない。
当時人気のジュエリーデザイナーだった妹を巻き込み、フリマ、病院前、駅前で販売。 その勢いでPetit Bateau、Saint James、Du pareil au mêmeと代理店契約を結び、地方からフランスブランドを発信する存在になった。
…だけど、地元は甘くなかった。 ハーフの子どもたちへの偏見、好奇の視線、広まっていく噂話。
それが、幼い子どもたちの耳にまで届く。
「このままじゃ、守れない。」
そう思った私は、片道切符を買った。
8歳の娘、生まれたばかりの息子、少しの現金、そして限りなくゼロに近いフランス語力。
空港に降り立った瞬間、心臓がドクンと鳴った
不安と同じくらい、「やってやる」という炎が全身を満たしていた。 それからの人生は、人に助けられながら進む旅になった。
だから今度は、その恩を必ず返す――そう誓った。
-KUDEN rinlife Magazine vol.1
Writer:Rie Sekinoyama
