

「いつまで待たせるんだ!」
隻眼の男はいらだちを隠そうともせず、今すぐにでも帰るような素振りであった。
「貴延さん、すいません! お呼び立てして。よ、よろしくお願い致します」
ペコリと三銃郎が頭を下げて貴延を席に着かせた。
正装をした侍団の隊長クラスの中に、ボロボロの作務衣の様な作業着に包まれ、髪を結い、中肉中背で隻眼のその男は一際目立っていた。
観念したように貴延は咳払いをし、自身に注目する隊士達の視線を受け止めた。
奥から低く、よく通る声が響く。
「久しぶりだな」
団長の近藤が貴延に声をかける。
「ふっ」
顔を背け、鼻息で返事のように返す貴延。
「その態度はなんだ! 近藤さんに向かって」
新参物の班長が貴延をたしなめる。
「よい。続けろ」
近藤は意に介することもなく、三銃郎に話を続けることを促した。
「は、はい、ではまず鋼の刀について整理しましょう…
『鋼の刀には不思議な力がある』
『はじめから不思議な力があったのではなく、悠久の時を超える年月を経て発現した』
『鋼は金星火星などでは希少なレアメタル』
『鋼の刀はベル国の極秘として武装開発局で保管と研究されている』
『現存する鋼の刀はベル国に代々伝わる刀と数年前の宇宙船墜落事故によって流出した刀剣コレクションのうち発見されたもの』
…ここまでは良いですか?」
原田が好奇心を抑えられず身を乗り出して三銃郎に問いかける。
「宇宙船の墜落事故って、俺が入団する前のあの事故の事だよな。確か、あの事故の後に宇宙船の宝を狙って他国や宇宙からならず者達が集まって治安が悪化し今に至るって感じだったな…。俺も入隊して鋼の刀が不思議な力を持つとは聞いていたが、実際にその力を見たことが無いので、ちゃんと詳しく教えてくれよ!」
原田は三銃郎に矢継ぎ早に説明を求めつつ、貴延の方に視線を向けた。
あの壱伍と名乗った一味と貴延が持っていた刀の事はまだ誰にも報告していない。
貴延が口止めしたからだった。
三銃郎が原田の質問に答える。
「不思議な力…そうですね。
では実際に見て貰いましょう。お三方よろしくお願いします」
そう言うと横に座るアーサー、ソウジ、アンジーが席を立ちスクリーンの前に立った。
「へっ? 何? お前達がもってるの? マジ。初耳なんだけど??」
原田の質問に答えず、アーサーは腰から刀を外し、両手で原田の目の前で、鞘から刀身を抜いてみせた。
そして刀身を鞘に収め直したあと、おもむろに原田に自身の刀を渡す。
慌てて刀を受け取る原田。
「俺の刀だ。抜いて見ろ」
「は??」
困惑する原田にいいから抜いて見ろ。と言わんばかりに顎で催促するアーサー。
気を取り直して刀を握り直す。
「ほう、この刀が鋼の刀。真の刀って訳か…」
目を閉じて気を集中し、カッと目を見開き刀を抜く…
「ぐうっ…」
「抜けん!」
十番隊の隊長を務める原田の力でも抜けない刀。
アーサーは原田から刀を奪い取ると軽く鞘から刀身を抜いてみせた。
「こいつは主を選ぶのさ…」
アーサーの横でソウジとアンジーは無邪気に自身の刀を鞘から抜いてニヤニヤ原田を見てる。
「お前らもなの??」
「原田さんごめん!」
ソウジは無邪気に答える。
アンジーも刀を原田に手渡し、抜けないのを確認すると
「ね、ね、抜けないでしょう? アタシのだからね!」
アンジーはにっこり笑顔で原田から刀を大切そうに奪い返した。
「知らんかったわ…教えろよお前ら〜」
あっけに取られた原田をよそに三銃郎が説明を続ける。
「侍団には特別に数本、鋼の刀が国から使用を許可されています。特別武装隊である、一番から三番隊の隊長は鋼の刀の所持を許されています。また鋼の刀の真の力を解放するにも許可が要り、相当の緊急事態でなければ使用できません。原田隊長が実際の刀の力を見ていないのはその為です」
原田は貴延と壱伍の戦いで発動した刀の威力を思い出しながら、合点がいくと無言で頷く。
「なるほどな。鋼の刀は不思議な力がある。それは国家機密級の兵器だから極秘裏に探せ。との命令。それはわかった。でもさ、アーサー達の刀は、確かに柄や鞘、鍔など侍団の通常隊士の持つ刀よりも豪華だったりするが、ぱっと見、盗まれた鋼の刀を探すのに、装飾以外でどうやって見分けるんだ? 盗んだ刀の見た目を偽装するなんて訳ないぜ?!」
「あとさ、何で俺には抜けないんだ? どういう仕組?なんで?」
三銃郎を質問攻めにする原田。
今回集まった隊長副隊長クラスと班長クラスでも新参物にとっては、知られていない情報もあり、辺りがざわつき出す。
やれやれとばかりに大きなため息をついて貴延が話し始める。
「いいか、何度も言うが、俺は息子の夕飯の支度をするのに、今すぐにでも帰りたいんだ。手短に説明するからよく聞けよ」
三銃郎が質問攻めからの助け船を得てホッとした表情で貴延を紹介する。
「なので鋼の刀に詳しい方をお呼びした訳です。この星で唯一、鋼を鍛える事が出来る刀鍛治。宝竜斎貴延さんです。あ、もしかするとこの世界で唯一かも…」
そんな事はどうでも良いとばかりに話を続ける貴延。
「俺も先代の師匠に教わった受け売りに過ぎない。夢物語として聞いてくれ…」
貴延はそう言うと、静かに語り始めた。
「鋼の刀。それはかつての地球。日本という国の歴史まで遡る。侍と呼ばれるものが持った武器であり、侍は主君や家を守る為に刀を持ち生きた時代があった。鋼と鉄を人の手で叩き延ばし鍛えたその刀は切れ味鋭くしなやかで、そして美しいものであった。その武器でありながら美しい姿に、己の生き方や哲学を映し、いつしか武器というだけではなく、侍の心のあり方、魂そのものとしての象徴になっていった…」
貴延は大まかに日本という国がかつて地球にあったこと、その侍達が生きた時代と、その刀の歴史を語る。そして侍は”エド”と呼ばれる 時代の後に姿を消したが、刀と人々の心には脈々と侍の魂が受け継がれており、悠久の時を経て人類が他星に移り出す過酷な時代に、また侍の心に目覚めた人々が現れ、人々を守る為に刀を持って戦い、その礎になった事などを語った。
集まった隊士達は、地球というかつての人類の母星のことを学校の教育などで知っていたが、自身が腰に差した刀や侍のルーツが、悠久の時を経て脈々と受け継がれて来たということを知り、自身が侍団の一員であることに改めて誇らしさを感じ、そこに居る誰もが貴延の話に耳を傾けていた。
原田が貴延に問いかける。
「その刀が何で不思議な力を持つようになったんだ?」
貴延は面倒くさそうに頭をかきながら、それでも原田を真正面に見据えて答える。
「原因はわからねぇ。俺も師匠に聞いた話だ。師匠も生まれる遙か昔に、ある日突然不思議な力が発動したと聞いている。師匠の推測では、やはりこの金星や火星などの他星に人類が移り住んだ時期と重なるらしい…」
「そうか。確かにそれは不思議な現象だな。現時点で原因不明っていうのもわかった。じゃ、さっきのアーサーの言った鋼の刀は『主を選ぶ』という様な現象は何なんだ? 何か知ってるんだろ貴!」
原田は貴延と壱伍の戦いの最中、貴延の刀が異様な力を発揮したことを暗にほのめかし再度問いかける。
貴延は三銃郎と近藤に「良いんだな?」と言わんばかりに睨みつけ、話を続けた。
「隊長クラスだから話すが、他言は無用だ。余計な争いに巻き込まれたくないんでな…。今分かってることは、鋼の刀なら何でも不思議な力が発動する訳では無いらしい。地球の鋼、しかも人の手で鍛えし刀のみが、不思議な力を持つようだ」
貴延はアーサーに声をかけ、刀を預かる。
刀を右手で持ち、隊士達の目の前に突き出しながら更に話を続けた。
「刀を打つってぇのは、本当に骨の折れる仕事だ。今の時代じゃ機械で簡単に作れる物ばかりだが、人の手で思いを込めて打ち、鍛え作り上げる真の鋼の刀はそうはいかねぇ。熱い炎と格闘して操り、長年の経験と勘を頼りに鋼と鉄と人の孤独な戦いとも言える。何度打ってもこれだ! という完成の域にはほど遠い…打てば打つ程、もっともっとと終わりなき探究に心を奪われちまう。そんな職人の心が只の武器だけでは収まりきらない、美しい刀に磨き上げてきた。先人達の知恵と工夫と努力の結晶がこの鋼の刀に詰まっているのさ」
貴延の顔が先ほどまでの面倒くさそうな表情では無く、熱を帯びた職人のそれとなっていた。
「刀は打った職人の思いが込められている。それだけじゃない。刀を持つ者の思念が更に色濃く残るのさ。こいつは武器だ。人殺しのな! 例えそれが誰かを守る為だとしても、人の生き血を吸い、人の命を終わらせる。刀を持つ者の思い。その刀で命を落とした者の思い。人の思いが幾十にも折り重なっていく…それが刀の宿命だ」
貴延は感情的になった自分に気付き、努めて冷静な口調に戻した。
「作り手や持ち主の思念が込められた刀は悠久の時を経て、まるで意思を持ったかの様になっちまったのさ。だから刀が持ち主を選ぶ。刀に主と認められた者以外は抜けないし真の力が発動する事はない。新たな持ち主は刀に〝試し〟を強いられるのさ。お前は俺に相応しいかどうか? ってな」
なるほどな。壱伍と名乗った悪党の頭に刀が抜けなかった事に得心した原田が貴延に続けた。
「どんな〝試し〟なんだ?! 刀が主を選ぶ時の規準とかあるのか? 俺も使えんのか!?」
「さあな、〝試し〟は刀それぞれで違う。作り手や前の持ち主が誰だか、どんな思いや謂れがその刀にあったかなんて千差万別だからな…。試されて見なきゃわからんというのが答えだ。まぁ、これは鍛冶屋の俺の感覚の話に近いんだが、強いていえば刀と主の魂の相性とでもいうのか、魂の色がお互いに合っている場合に〝試し〟が発動し、刀が主を決める様だ」
「魂の色??」
「そうさ、あくまで俺の感覚なんだが、人の魂には色がある。本当は複雑に絡んで見えるんだが、便宜上、大きく分けて七色。不思議な力を発動する鋼の刀にももれなく魂の色があり、一度刀に主と認められた者もある程度魂の色が見える様になっている…な、永倉、ソウジ、アンジー?」
アーサーは頷き、無邪気なソウジとアンジーもニコニコ頷く。
「マジで? 俺の魂は何色??? ねぇ、気になる!」
貴延は原田のそれには答えず話を続ける。
「たまに刀に選ばれなくてもナチュラルに見えるやつもいるそうだが、基本はそんな感じだ。赤・青・黄・緑・白・金・銀の七色。さっきも言ったが本当は複合していて絡み合っているんだが、便宜上一番強く発している色を規準にしている。真の鋼の刀にもそれぞれ作り手や持ち主の思念が蓄積されていて、魂の色を持っている。永倉なら〝青〟。アンジーは〝黄〟。ソウジは珍しい〝白〟が魂の色だ」
そう言うと貴延は手に持った刀を永倉に返しつつ、三銃郎に自分の刀を持ってくるように頼む。
「貴延さん、はい!」
腰に差すには大きな刀を抱えて三銃郎が戻ってくる。
「いやぁ、久し振りですね、雷切丸!!」
「んんっ」
思わず鞘にキスをする三銃郎に貴延が咳払いでそれをたしなめる。
しょんぼりした三銃郎が、名残惜しそうに雷切丸と呼ばれた刀を貴延に渡す。
「これは俺の刀の『雷切丸』だ。もともとは『千鳥』という名前だったが、雷や雷神を切ったという逸話から雷切丸と呼ばれた刀だったと伝わっている。こいつは前の持ち主から俺が引き受けた。こいつは名前の通り『雷』を操る力を秘めている」
そう言って、貴延は両の手で刀を持ち、鞘からその艶めかしいほど美しい刀身を少し抜いて見せた。
貴延が目を瞑り、一息を吐くその刹那、刀身に一瞬雷を纏った様な光を、その場にいた全員が目撃した。
「…ってな感じだ」
鋼の刀に秘められた真の力を目の当たりにした隊士達は一斉にどよめいた。
鞘に刀を収める貴延。
三銃郎が得意げに
「すごいでしょう!? 僕は本当に刀が好きで、日夜研究に励んでいるのです!! 刀になぜこのような現象が起きるのか、まだ分かって居ない謎が多いのです。その為に国家機密として管理されています。貴延さんはその遙か地球の日本から受け継がれた刀のメンテナンスや研ぎを任されているんです!! 最近は全然研究所に来てくれないので、今日はめちゃクチャうれし 」
「三銃郎」
副団長のジン・土方は話を遮ると、貴延の正面にたった。
「貴延さん。お願いがあります。刀を見分ける事が出来るのはあなただけだ。盗まれた刀を取り戻すために力を貸してください」
部下の隊士達の前で、深々と頭を下げるジン。
「ちっ、やっぱりな。呼ばれたときから俺は嫌だったんだ。もう二度と俺をやっかい事に巻き込むな…」
「貴! 俺からも頼む。大勢の部下が次々と殺されてるんだ。あいつらの仇を討ちたいし、これ以上仲間を殺らせない!」
原田が貴延の手を握り、懇願する。
「……くそっ、お前には借りがあるからな…」
「わかった…ただし、息子のタケルと一緒に行動させて貰う。あいつは俺が居なきゃダメなんだ。側に居てやらなきゃ…それが条件だ!」
「貴、恩に着る!」
「感謝する」
原田がはしゃぎ、ジンが今日初めて笑顔を見せる。
ジンは先ほどの笑顔が嘘かのように、表情が変わりいつもの冷静な顔になり、四番隊のリーを呼び、宇宙エレベーターのテロと研究員2名の失踪事件の防衛団との合同特別捜査本部のメンバーへの指示をしたあと一旦会議を解散させた。
会議に参加した隊長クラスの隊士達は、ざわつきながらも、一歩会議室から抜け出すと、仲間の無念を晴らし、事件解決に向けて険しい表情で各隊に指令を出すべく一斉に歩き出した。
真の鋼の刀の盗難事件に関して、貴延を中心にチームのメンバーの選定を話し合う為に会議室に残ったメンバー。
貴延は手にした雷切丸にそっと話しかける。
…タケルは必ず守る…お前と約束したからな…