KUDENのDESIGNERである佐藤貴浩の日々の暮らしで得た思い、発見などを綴ります。
エシカルな生活を実践する彼の日常や、デザイナーとしての思考を、彼の言葉でお届けします。

June 28, 2019
Yano Sena
PR / Voice actor


皆さんこんにちは。 本日より数回に渡り、KUDENのデザイナーである佐藤貴浩のデザイナーとしての歴史や哲学、ビジョンなどをインタビュー形式で紹介してまいります。

シリーズ第1回目の本日は、KUDENbyTAKAHIRO SATOの最初のプロダクトであるSamurai Modeシリーズについてです。 既にお手元にお持ちの皆さまも、まだという皆様も、Samurai Modeがどのようなビジョンを持って生まれたのかを是非ご一読ください。

Designer’s Voice #1

-Samurai Mode Seriesをデザインしようと思ったきっかけについて教えてください

初めてこの服のデザインを考える事になった切っ掛けは、 母親は亡くなっているんだけれど、母の遺品を整理していたら母が大切にしていたkimonoが出てきて、私が小さい頃に七五三できていた羽織袴も大切に保存してくれていた事を初めて知ったんだ。 私のうちは裕福では無かったが、母は持っているkimonoをとても大切に扱い、着ていた。それを遺品を見て思い出した。母が亡くなったときにも一番大切にしていたkimonoと一緒に棺にいれて弔った程で、それくらい母はkimonoが好きだった。 そんな母を見ていたから、私もkimonoが好きで着たいと思っていたがKimonoには着るために着付けが必要で、それはとても難しく、中々1人で着ることが出来ないのでkimonoを着る機会がとても少なくて残念に思っていたんだ。



-何故kimonoは日常着から姿を消したのだと思いますか?

昔の日本はkimonoが普段着なので様々な工夫の中、着崩したりアレンジしながら日常着として発展していたはずなのに、近年では洋服が着物にとって変わるなかでkimonoと言えばどうしても晴れの日、記念の日などに着る服という事が定着してしまった。 どんどん格式だけ高くなり値段も数十万~100万など高額になり着付けも教室に通ったり、美容院などで着付けをお願いするなど着付けが出来る人が少なくなって、日常着からのkimonoは姿を消してしまった。 Kimonoは日本の代表的なファッションと言われているが、その為、若い世代にはなじみが少ない。七五三、成人式、などの記念の日で一生に一度着るか着ないか?の人もいる。これが日本の代表的なファッションkimonoの現状。とても勿体ないという印象をずっと持っていたんだ。


-それでは何故アパレルブランドを立ち上げることにしたのですか

私は前に経営していたデザイン会社を、働き過ぎで身体を壊し倒れてしまって、畳んだ経験があるんだ。 離れて暮らす障がいある息子と、将来一緒に働く場所を作ろうと決意し、新しい事業を模索する日々が続いていたんだ。 デザイナーとして何が出来るか?デザイナーしてモノを大切に使う。ロングライフデザインを私は好むし、そういうデザインを世に出す事業を始めたいと考えていた時に母親の遺品のkimonoをみて、Kimonoをインスパイアした現代にあったkimonoに再定義、再起動したら面白いし、「自分が着たい」と素直に感じたことがSamurai Mode Seriesをデザインした切っ掛けになったんだ。




-そのアパレルブランドで最初の1着となったSamurai Mode Seriesですが、デザインする際にこだわったポイントを教えてください。

デザインする中で心がけていたのは、やはり着付けのこと。 今のkimonoはなかなか1人では着れない。 もう一つは値段のこと。一着着るのに何十万円、何百万円かかる服ではなかな購入できないし、購入しても普段使いにはとても着れない。 このような状況では、若い世代や 海外の人々にもkimonoの良さや伝統が伝わりにくいし広まりにくい。 そこをデザインで解決出来ないか?それがこの服のデザインのアイディアの第一の出発点だった。



次回をお楽しみに…

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